バブル期に青春を過ごした人にはユーミンときいて何を思い浮かべるだろう。
華々しいステージ、流行の最先端、スキー場の定番、などなどユーミンのエンターテインメントへの影響はあらゆる分野ではかり知れない。
今回紹介するアルバムはYMOを輩出したアルファレコードに在籍していたころのものだが、人によっては商業路線に乗って絶好調の「松任谷」ユーミンより、はかなげな光と底の見えない影が見え隠れする「荒井」ユーミンが良い人も多いのではないだろうか。

「生まれた街で」
瞬きのように細かく刻まれるハイハットとエレクトリックピアノから始まり、ベース、ギター、とキャラメルママの面々が順々に入ってくる。ワウギターは通常ファンキーな曲で使われることが多いが、ここでは鈴木茂のプレイヤーセンスによって曲の繊細さを壊さず見事に調和させている。
「瞳を閉じて」
元々は長崎県にある高校の校歌として作られた。まさに穏やかな海を連想させるようなユーミンの代表作。オルガンによる間奏はプロコルハルムを思わせる。終盤の山下達郎による多重コーラスがこの曲の価値を何倍にも高めている。
「やさしさに包まれたなら」
「魔女の宅急便」で使われたことで一躍有名になったこの曲はシングルとアルバムでアレンジが違うが、映画で使われた理由を推察すると、ゆったりとしたピアノで始まるシングル版より、みずみずしいアコースティックギターで始まるアルバム版がより物語のはつらつとした雰囲気に合っていたからではないだろうかと感じる。
「海を見ていた午後」
「ソーダ水の中を貨物船が通る」というユーミン屈指の表現が光るシンセサイザーとエレクトリックピアノ主体の弾き語り。「ドルフィン」とは横浜にある実在のレストランのこと。
「12月の雨」
冬の朝の情景描写が美しい元祖シティ・ポップ。タイトルは似ているが、はっぴいえんどの「12月の雨の日」との関係は不明。
「あなただけのもの」
ベースの細野晴臣の趣味が露骨にアレンジに反映されている初期ユーミンには異色のファンク。ピアノ主体の繊細なアルバムとしてみた場合ここにいきなりファンクのニュアンスが入ると違和感を感じるはずなのだが、そうさせないのはユーミンの圧倒的な個性ゆえだろうか。
「魔法の鏡」
シングル版よりいくらかテンポアップしたピアノの速弾きからなる独特なリズムのイントロが面白い名曲。後に夫となる松任谷正隆によるマンドリンが聞ける。日本人の大半はこの曲で最初にマンドリンの音色を聴いたのではないだろうか。
「たぶんあなたはむかえに来ない」
ユーミンのなかではストレートな失恋の歌だが、細野の多重録音によるベースのユーモラスなフレーズが悲しい歌詞と絶妙なバランスをとっているかのようにすんなりと聴けてしまう。
「私のフランソワーズ」
フランソワーズとはフランスの女性歌手フランソワーズ・アルディのこと。このアルバムで一番壮大なアレンジ。
「旅立つ秋」
元々はあるラジオ番組の最終回に寄せて書かれた曲。才気あふれる歌詞はいつものことだが、ここでのボーカルは荒井時代でも頭一つ抜けているように思える。
ご存知のようにユーミンは内省的な作風の荒井時代を経て松任谷時代に突入。次々とポップなヒット曲を量産していく。
荒井時代の4枚の作品を位置付けるなら、デビュー作「ひこうき雲」が愁いを含む繊細な作品、3rd「COBALT HOUR」はポップ色が強く、荒井時代最後のアルバム「14番目の月」は松任谷時代に向けた準備作だと言える。
そのなかで本作は「ひこうき雲」よりポップさを感じる作風であり、過渡期ならではの繊細さとポップさが同居したものになっている。荒井由実の作品の中でも特別なアルバムと言えるだろう。
文 / 上岡賢
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