1978年2月19日、とある2人の若者が細野晴臣の自宅に招かれた。2人の名前は高橋幸宏、坂本龍一。
何も知らない両名を前に細野はマーティン・デニーの「ファイアークラッカー」をディスコアレンジし、アメリカで400万枚を売り上げるという一見荒唐無稽な戦略を披露する。
しかし、このアイディアが後に2人のみならず細野の音楽人生までをも巻き込み大きな怪物となっていくことをこの時は誰も細野でさえも知るよしもなかった…。
1973年、細野がはっぴいえんど在籍中に発表した「HOSONO HOUSE」はまだはっぴいえんどの名残が感じられる秀作ぞろいの名盤だったが、さらなる表現を求めた細野はニューオリンズ、エキゾチカ、スライ・ストーンなど自身の音楽的素養を昇華した「ソイ・ソース・ミュージック」を提唱。
「トロピカル・ダンディー」、「泰安洋行」、「はらいそ」のいわゆるトロピカル三部作を制作し、発表。しかし、当時の音楽界はフォーク一色だったため、細野の提唱するエキゾチックな音楽は全く理解されずことごとく売り上げ不振に終わってしまう。
しかし、常々世界の音楽を注視していた細野は、新しい音楽表現「ディスコ」を自身の提唱する「ソイ・ソース・ミュージック」改め「チャンキー・ミュージック」と組み合わせれば、アクの強いエキゾチック・サウンドをディスコで薄められると睨み、「イエロー・マジック・オーケストラ」計画を構想。
そこで目を付けたのが敏腕ミュージシャンとして業界でも評判が良かった高橋幸宏と坂本龍一であった。
「コンピューター・ゲーム “サーカスのテーマ”」
いきなりアーケードゲームの音が1分弱続くことに面食らうが、次曲「ファイアークラッカー」に見事に繋がる演出となっている。
「ファイアークラッカー」
マーティン・デニーの大ヒット曲をジョルジオ・モロダー風にカバー・・・といっても、もはや現代では両名とも誰なのか分からないかもしれないが、マーティン・デニーはアメリカ人から見たアジアを魅惑的な表現を用いて表現したいわゆるエキゾチック・サウンドを確立させた人物。ジョルジオ・モロダーはイタリア出身の音楽プロデューサー。70年代ディスコブームの立役者であり、ディスコの父と言われている。有名なイントロのフレーズはマーティン・デニーではなく坂本龍一のオリジナル。
「シムーン」
砂漠を歩いている「スター・ウォーズ」のC-3POとR2-D2をイメージして作ったというエピソードはあまりにも有名。イントロの機械音は2人の会話をイメージしているのだろうか。
「コズミック・サーフィン」
シンセサイザーで作られた波のエフェクトに誤魔化されるかもしれないが、ドラムを中心によく聞いてみるとミーターズを彷彿とさせるニューオリンズ風の16拍子のファンク調のアレンジ。アルバム「公的抑圧」他、ライブでは8拍子のロック調になることでおなじみの曲だが、この1stアルバム以前、鈴木茂、山下達郎等と連名で制作したアルバム「パシフィック」にライブバージョンの元ネタとなっている8拍子の「コズミック・サーフィン」が収録されている。
「コンピューター・ゲーム “インベーダーのテーマ”」
スペース・インベーダーの音が流れているが実はこれは実機ではなく、3人の手弾きによる再現。つまりサーカスのテーマも手弾きということになる。日本盤では最後の爆発音にエコーがかかって終わっているが、キャピトルレコードからリリースされたいわゆるUS盤では「ファイアークラッカー」で流れた爆竹の音(シンセサイザー)が鳴り響き、なんと最後にはUFOも出現。ド派手な最後を迎える。
「東風」
初期YMOを代表する名曲にして坂本龍一の代表作。この曲に影響を受けたゲームクリエイターは数知れず。US盤では「Yellow Magic」と改題され、長いブリッジ部分に吉田美奈子のヴォーカルが加えられている。B面はじめのこの曲からジャン=リュック・ゴダールの映画からタイトルがついた「ゴダール三部作」が始まる。
「中国女」
YMOの方向性を決定づけた重要な曲。細野曰くこの曲の高橋のヴォーカル「フー・マンチュー唱法」を聴いてYMOがインストだけでなく歌モノを作れる可能性が出たという。YMOがインストバンドでないと仮定するならば、高橋が歌い出すまで3分55秒。恐らくこのアルバムで最長のイントロだろう。
「ブリッジ・オーバー・トラブルド・ミュージック」
次曲「マッド・ピエロ」に繋がる曲。サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」からの引用。
「マッド・ピエロ」
細野作。YMOの曲の中でも最高に演奏難度が高い。独特のトリップしたかのような目まぐるしい展開は「HOSONO HOUSE」収録の「薔薇と野獣」をより発展させたかのよう。始終鳴り響くクラフトワークの「ロボット」を思わせるフレーズのシンセベースはUS盤ではチョッパーベースに差し替えられている。
「アクロバット」
アルバムを締めくくる一曲。ユーモラスなシンセサイザーの掛け合いが面白い。US盤では削除されている。
細野なりにいわゆる売れ線を狙ったこのアルバムは当初売り上げは芳しくなくまたも失敗かと思われたが、海外で評価され逆輸入という形で日本での人気に火が付いた。
DEVOやその他イギリスのニューウェーブバンドから影響を受けた2ndアルバム「Solid State Survivor」は坂本と高橋のロック・ニューウェーブ色が強まり、その後もYMOからは当初のコンセプトである細野のエスノなディスコ風味はアルバムを追うごとに退行。「プロデューサー細野晴臣」という表記もアルバム「浮気なぼくら」ではProduced by Y.M.O.とグループ名義になってしまう。
細野晴臣はYMOの音楽のコンセプトを「頭クラクラ・みぞおちワクワク・下半身モヤモヤ」と表現しているが、そのコンセプトを遵守した作品は当時の帯に「細野 晴臣」と大々的に記載されている細野の覚悟がうかがえるこの1stアルバム以外にないのではないだろうか。
文 / 上岡賢
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Midori
US版しか聴いたことがなかったので改めて国内版と聴きくらべてみました。「東風」のVo.が美奈子さんだったは!いちリスナーだった時は、細野さんがどれだけ重要な役割を担っていたかわかっていませんでした。大人になって聴き返すと色々と感慨深いです。
幸宏さんにも教授にも早く元気になってほしいなぁ。
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