1983年、「RIDE ON TIME」、「FOR YOU」が立て続けに大ヒットし、「夏の男タツロー」の名を欲しいままにしていた山下達郎が発表したアルバム「MELODIES」。
さらなる進化を遂げたサウンドとともに、一部カバー曲などを除き全曲自身で書き上げた歌詞にも注目したい作品だ。
1983年2月、「夏だ!海だ!」とはやし立てられ、世の中そんなものだと受け流していた山下だが、ミュージシャンにとって曲がり角とも言える30歳を迎え、ただの流行として消費されてしまうのではないかという危機感を覚えていた。1990年を引退の年と仮に決定し、それまでの間、より質の高い作品をつくることを目指したという。
すでに高みに至っていたサウンドにくらべ、これまであまり重視して来なかった歌詞を自身の手で充実させようと試みたのがこのアルバム「MELODIES」だ。

「悲しみのJODY(She Was Crying)」
イントロのスネアドラムの連打の後、突き抜けるような山下のハイトーンに耳を奪われる。アルバムの最初の1曲目にふさわしい名曲だ。夏の終わりとともに迎えた失恋というテーマの歌詞も、「夏だ!海だ!」のイメージから脱却したかった山下の心情を表している。
「高気圧ガール」
当時のJAL沖縄キャンペーンに使われたことも納得の文句なしのリゾートサウンド。この時点での山下のドゥーワップ歌唱技術の集大成だろう。曲間のため息はご存知妻である竹内まりや。
「夜翔 (Night-Fly)」
まさしく夜景のような美しいイントロから、ブラスとストリングスに乗せて優しく歌い上げるバラード。シカゴ・ソウルを意識したという。
「GUESS I’M DUMB」
ザ・ビーチボーイズのメンバー ブライアン・ウィルソンがプロデュースし、グレン・キャンベルが歌った1965年の曲を原曲の雰囲気を壊さず誠実にカバー。内省的な歌詞もこのアルバムにはフィットしている。
「ひととき」
山下曰く、好きな人が多いという夕暮れの窓辺を連想させる穏やかなラブソング。アナログではここまでがA面となっている。
「メリー・ゴー・ラウンド」
B面の始まりは山下お得意のファンクサウンドで幕を開ける。失恋の歌であることは間違いないだろうが、退廃的であり輪廻を彷彿とさせる表現からは後のスピッツの歌詞を連想させる。
「BLUE MIDNIGHT」
前作「FOR YOU」のために制作されていた曲。そのため作詞は吉田美奈子が担当しているが、不思議なことにこのアルバムの内省的な雰囲気にぴったりと納まっている。アッパーな「FOR YOU」での採用を見送ったのはそのせいだろうか。
「あしおと」
気弱な男の片思いというコンセプトの歌詞。山下によると主人公は花屋の店員で店の前を通りがかる会社帰りのOLに向けた歌詞だという。
「黙想」
ピアノの弾き語りにコーラスを多重録音した2ndアルバム「SPACY」に通ずる雰囲気を持った曲。「クリスマス・イブ」への序章という位置付け。
「クリスマス・イブ」
「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」のフレーズからぐっと引き込まれるクリスマスソングの定番中の定番の曲。失恋の歌とよく言われているこの「クリスマス・イブ」だが、アルバム「MELODIES」の1曲として聴くとさらに喪失感が強調されるように感じる。このアルバムの幕切れとしてこれ以上にふさわしいものもないだろう。
このアルバムの発表後、幸いなことに危惧していた30歳のピークは訪れず、今日まで現役を続け、日本のみならずシティポップの始祖として海外でもインターネットを通して評価される大御所ミュージシャンとなった山下達郎。
新しいリスナーにとっては数ある作品の一つに過ぎないかもしれない。だが、ミュージシャンとして最後の作品になるかもしれないという危機感を持っていた山下にとって、それまでのすべてを注ぎ込んだ、とてつもない覚悟が伴った作品だった。
この作品を「山下達郎の7枚目」のアルバムとして語れる「今」を生きていることは、日本の音楽ファンにとって「奇跡」と言えることなのかもしれない。
文 / 上岡賢
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