回想の昭和音楽第1回で紹介した大滝詠一のソニーへの移籍後初のソロアルバムの40周年記念盤が当時の発売日と同じ3月21日に発売された。
シティ・ポップの金字塔にして日本音楽界に燦然と輝くマスターピースである「A LONG VACATION」は、それまでの趣味的な音楽活動とは一線を画す、言うなれば全曲シングルカットも不可能ではないような徹底したポップ感覚で統一されている。
しかし、これは大滝の作風が変化したというよりは彼の音楽への偏執的な追求がソニー以前のリズム路線から、メロディー路線に軸足を移しただけであり、決して内容が薄いというようなことはない。
「君は天然色」
もはやCMなどでお馴染みのこのアルバムを代表する曲。勢いのあるイントロから始まるこの曲はフィル・スペクターの「音の壁」を大滝自身がステレオで完全再現してみせた記念碑的作品でもある。複雑に音が重なり合ったベーシックトラックは多重録音ではなくなんと一発録りというから驚きだ。
「Velvet Motel」
アン・ルイスに提供する予定の曲を改題して収録した曲。女性コーラスとのユーモラスな掛け合いが聴きどころ。
「カナリア諸島にて」
君は天然色と同じく一発録りで録音された。作詞を担当した松本隆は当時カナリア諸島に行ったことがなかったためすべて想像で書いたという。ザ・ビーチ・ボーイズの「Please Let Me Wonder」と聴き比べるのも面白い。
「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」
アルバム中唯一大滝自身が作詞した作品。松本隆の書く詞とはまた違った天才肌な歌詞と思うのは自分だけか。苦労してシンセサイザーに喋らせたというフレーズが面白い。
「我が心のピンボール」
このアルバムには珍しいエレキギターを効かせたロカビリー調のアレンジ。はっぴいえんど時代を思い起こさせるようなハードな歌い回しも上手くハマっている。
「雨のウェンズデイ」
オリジナル盤ではここからB面となる。はっぴいえんど+ティン・パン・アレイの面子でひさしぶりに録音された。「ワーゲン」を「ワゲン」と発音する大滝の独特な言語センスが目立つ。
「スピーチ・バルーン」
漫画のフキダシを意味するタイトル。大滝の優しげなボーカルが印象深いが、間奏の重厚なコーラスも聴きどころ。
「恋するカレン」
爽やかなアコースティックギターに導かれて始まるアルバム中屈指の名曲。数多のミュージシャンにカバーされている。
「FUN×4」
遊び心たっぷりのコロムビアレコード時代を思わせるおもちゃ箱のようなアレンジ。タイトルは曲の最終部でも示されるようにザ・ビーチ・ボーイズの「Fun, Fun, Fun」からとられている。失恋を歌わなかった唯一の曲。
「さらばシベリア鉄道」
太田裕美に提供した曲のセルフカバー。太田のものと聴き比べるとメロディーや歌い回しがやや異なっている。夏の雰囲気を醸し出しているアルバムの最後で急に冬の曲ということがよくなかったのかインスト盤やある時期のリマスターではたびたび収録されないという憂き目にあっている。
この「A LONG VACATION」という作品は、大滝がレーベル移籍という事件を踏まえて初めて「売れなければならない」というプレッシャーに苛まれたものだ。
コロムビア時代のファンからは売れ線に走ったとして敬遠されがちだが、耳を傾けてよく聴いてみるとそこには心地よいメロディーに隠れて遊び心のエッセンスが確かに息づいている。
文 / 上岡賢
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