1941年12月10日、神奈川県は川崎市に生まれる。「九」という名前は第9子であったから。
1943年10月26日、常磐線土浦駅列車衝突事故が発生。疎開のため母親とともに事故の起こった車両に乗り合わせていたが、事故直前車両を移動。難を逃れる。後年そのことを知らされた九は「笠間稲荷神社の神様が自分を救ってくれた」と、終生信仰していた。
1958年5月、日本大学高等学校在学中に後の「ザ・ドリフターズ」の元となる「井上ひろしとザ・ドリフターズ」に加入。ボーカル兼ギターを担当。8月26日にはロカビリー歌手として日劇ウエスタンカーニバルに出演。新人賞を受賞。
1960年、東芝音楽出版に移籍。第一弾シングル「悲しき六十才」が10万枚のヒットとなる。
1961年、「上を向いて歩こう」発表。プレスリーに影響された独特の歌唱法でうたい上げたことで海外でも「SUKIYAKI」のタイトルで大ヒット。世界的なスターになる。
1971年12月8日、女優の柏木由紀子と結婚。
1985年、ファンハウスに移籍。第一弾シングル「懐しきlove-song/心の瞳」を発売。歌手として再起することを決意。
8月12日、大阪府在住、元マネージャーの選挙応援へ駆けつける最中、日本航空123便墜落事故により死去。
遺体は損傷が激しかったものの、本人確認の決め手は胸に突き刺さった笠間稲荷のペンダントであった。
「上を向いて歩こう」
レコーディング当初、独特の歌唱法で歌い上げ作詞者である永六輔を激怒させた。
「見上げてごらん夜の星を」
同名ミュージカルに永六輔が書き下ろした曲。九没後に森進一が涙ながらに熱唱した。
「心の瞳」
坂本九の遺作にして、合唱曲の定番。作詞は九本人ではないが、自身の死を予見したかのような内容になっている。