1961年ウィルソン三兄弟は、いとこのマイク・ラヴ、友人のアル・ジャーディンと共に前身である「ペンデルトーンズ」を結成する。
デビューシングル「サーフィン」をCANDIXからリリースするが、レーベル面には彼らに無断で「ザ・ビーチ・ボーイズ」とクレジットされていた。
キャピトル移籍後、カリフォルニアの若者のライフスタイルに沿った曲を作り続け、「海」「車」「女の子」というイメージを定着させる。
1964年、ツアーに向かう飛行機の中でブライアン・ウィルソンは感情の抑制がきかなくなり、スタジオでの音楽制作に専念することになる。
1966年、ライバル視していた「ビートルズ」の「ラバーソウル」に刺激を受けたブライアンはコピーライターのトニー・アッシャーと協働し、コンセプトアルバム「ペット・サウンズ」を作り上げる。
ペット・サウンズの売上不振、幻の大作「スマイル」の制作の頓挫、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」での成功・・・。ブライアンは転げ落ちるように精神状態を悪化させていく。
1970年、キャピトルレコードを離れ、リプリーズに移籍。ブライアンは一日中ベッドで「ビー・マイ・ベイビー」を聞き続けていた。
1983年12月28日、次男のデニス・ウィルソンが事故死。続くカール・ウィルソンも1998年2月6日、肺がんで死去。その後、バンドは3つに分裂し泥沼の様相を呈していった。
2011年、東日本大震災へのチャリティ・シングルを発表。2012年には新作「神の創りしラジオ」をリリースしている。
「サーフィン・USA」
おそらくもっとも有名なビーチボーイズの作品。「スウィート・リトル・シックスティーン」とよく似ている。
「サーファー・ガール」
ビーチボーイズのバラードでもっとも有名な作品。「星に願いを」にインスパイアされたとのこと。
「ゴッド・オンリー・ノウズ」
「いつも君を愛せないかもしれない」という出だしが衝撃的。ポール・マッカートニーは「今まで聞いた中で最高の曲」と絶賛した。