レコード会社卒業後も音楽を通した社会活動を実践
父母が認知症になったところから認知症予防に関わることになり、あらためて音楽のかけがえなさを痛感するようになった。
大学卒業後に入社したのがソニーミュージックだったこともあり、自分の人生のあちこちに音楽から紡がれた物語が存在する。
20年前、エコロジーオンラインをつくった際に「一緒に自然エネルギーの普及をやろう!」と声をかけてくれたのは坂本龍一さんだったし、「僕のラジオ番組にエコニュースを提供してくれないか!」とお願いしてくれたのは佐野元春さんだった。
その後、出版社のソニーマガジンズと「Lingkaran」という雑誌をつくり、多くのミュージシャンに出てもらって環境問題を啓発することにつながった。
そんな自分ももう還暦。レコード会社を退職して30年という月日が経過した。最近ではマダガスカルの支援事業なども手がけるようになり、国際NGOの人となり、音楽業界からも遠ざかるようになっていた。
だが、そんな自分をもう一度、音楽の世界に向かわせたのが認知症予防の活動だった。
レコード会社を辞めてNGOを始めるなんていう人はそうそういない。
特に途上国支援は若い頃から社会を良くするために働きたいと考えるストイックな人たちの世界だ。エンタメ業界出身者などに出会うことは滅多にない。
そんな希少種の自分だから、出会った人たちからは「あなたは音楽が得意だから、音楽を活動に生かしたらどうでしょう!」とすすめられる。こちらもそういうことをやるのを得意としているわけだから、音楽をからめた事業展開が自然に多くなる。
マダガスカル支援についても、音楽で社会貢献をしたいと考えていたソニーミュージックの後輩に出会い、しっかりと森づくりの歌をつくった。
認知症ケアに音楽は活用できるのか。
認知症予防も御多分にもれない。認知症には音楽が良いらしいと教えてくれる仲間がいて、「パーソナルソング」という映画をすすめられた。
これは、アメリカのMusic & Memoryという取り組みを紹介したドキュメンタリー映画で、高齢者の方が好きだった曲を聴かせてあげるだけで、往時の記憶をよみがえらせ、笑顔をとりもどし、人間らしい暮らしを始める人たちの物語だった。
早速、この映画の全国上映会を手がけることにして、クラウドファンディングを始めた。そのプロジェクトのおかげで全国で同じ思いを抱いている人たちと出会うことができ、コンテンツフォーケアの活動につながってきた。
日本の高齢者施設ではすでにカラオケ、合唱、ダンスなど、様々な形で音楽が導入されている。「認知症のケアよりも予防の方に音楽を活用することが良いのでは!」高齢者ケアの専門家たちからそんな意見を多くもらった。非医療の今の活動の形が始まったのはここからだった。
さて音楽は本当に認知症予防効果があるのか?
現在、自分が広報アドバイザーを務めている日本認知症予防学会では、音楽の認知症予防効果について下記のようなエヴィデンスを提供している。
この表を見ると健常者が音楽を活用して認知症予防をするためには、楽器の演奏が望ましいことがわかる。自分の手を楽器がわりにして歌にあわせて手拍子でリズムを刻む。こんな行為でも同様の効果があるという。
だが音楽にはそれ以上の効果があると個人的に思っている。それは、同じ時期に同じ歌を聴いて笑顔になり、涙を流した体験をもつ人が集まったコミュニティの存在だ。
音楽が持つ奇跡を社会的な資源に!
具体的にいうと「ファンクラブ」という場はそのまま認知症予防につながっていると言える。
日本でロックやポップスが盛んになってから、50年程度が経過した。当時15歳だった人たちは65歳前後になり、20年かけて進むと言われる認知症の予防の適齢期である。そうした人たちが集まって好きだった曲を一緒に歌い、感動したコンサートを回想して思い出で楽しむ。これこそが回想療法につながる行為であり、参加者たちに生きがいを提供し、コミュニケーションを通して脳を活性化する。
自分は60歳なので音楽的には現役だと思っているし、音楽サブスクリプションサービスのSpotifyで世界から届く最新の音楽を聴いている。だが、Spotifyには「タイムカプセル」という機能がある。自分が若かった頃に聴いていただろう曲をプレイリストとして推薦してくるのだ。「ああ、懐かしい」そう思って、いいね!をすると、それにつながる曲が選曲されてくる。
若いつもりで新しい曲や新しいジャンルを聞いていても、思わずタイムカプセルにひかれて口ずさんでしまう。あの頃の音楽を語れる仲間がいれば、認知症予防にとってはかなり大きな効果を発揮するはずだ。そして自分らが青春を過ごした70年代、80年代の音楽は若い人たちにも浸透している。家族と昔の音楽の話題で盛り上がるのも良い事だろう。
音楽は人を動かすエネルギー源だ。
それによって動かされた人たちがその後どんな行動をするか。それによっても認知症予防の効果が大きく変わってくる。ここらへんがエヴィデンスではつかめないパーソナルな世界となる。
だからこそ音楽はおもしろい。そして奇跡をも起こすのである。
体験・文 / 上岡 裕
まつしたなおみ
70代、80代の方にピアノのレッスンをしています。みなさんイキイキとされていて、ご高齢になってからでも新しく出来ることが増えていくのは素晴らしいことだなぁ、と思って頭が下がります。きっと認知症の予防にも役立っているのではないかと思っています。
rfgkamioka
まつしたさま
そうですね。ピアノに認知症予防効果があることは認知症予防に関わる皆さんが認めるところだと思います。
素晴らしい活動をこれからもがんばってください。
東北大学の瀧先生の記事もご参考にどうぞ。
https://research.piano.or.jp/series/piano_happen/brain/2019/08/taki01.html
上岡