ビートルズ解散後、世界はあらゆるロックバンドにビートルズの面影を見つけようとしていた。
10ccも例にもれず、王道ポップスに革新的な表現を兼ね備えた音楽性は人々を期待させるのに充分だったと言える。
「How Dare You!」はそのふたつの側面がこれ以上ないほどのレベルでせめぎ合ったまさに彼らの最高傑作にふさわしい作品だろう。
「How Dare You」
イントロからボンゴやハットの音がしばらく続くいかにも10ccらしい組曲。ギターソロが終わると次の曲のフレーズが登場する。
「Lazy Ways」
仕事を頑張っているがダラけたい気持ちを抑えきれない男の歌。どことなく蛭子能収の漫画を連想させる。
「I Wanna Rule The World」
世界を支配しようとする独裁者を描いているが、演説の内容を聞くととてもしょうもないコンプレックスのためであることが分かるという内容。メンバーの4人中3人がユダヤ系の10ccとしてはスレスレのユーモアという印象。
「I’m Mandy, Fly Me」
冒頭に自分たちの曲「Clockwork Creep」をサンプリングしている。シングルカットもされた。目まぐるしく変わる展開に美しいメロディーはこれこそ10ccといって差し支えない名曲。
「Iceberg」
ジャズボーカル風の小品。歌詞はこのアルバム中では最も難解。
「Art For Art’s Sake」
邦題は「芸術は我が命」となっているが、芸術は大事だけどお金も欲しいという内容になっている。次作「Deceptive Bends」への助走のような作品。
「Rock’N’ Roll Lullaby」
10ccの中でも美しいロックバラード。ララバイ=子守唄にしては壮大なアレンジになっている。
「Head Room」
オペラ調の掛け合いがユーモラス。この曲に限ったことではないが、曲調が次々と変わるわりに聞きやすいのは10ccのポップスセンスが優れている証拠だろう。
「Don’t Hang Up」
電話の鳴る音から始まる切ないバラードと思いきや、10ccのこれまでの集大成かのように万華鏡のように曲想を変えていく。しかし、最後のパートでは「電話を切らないで」と訴える男をよそに無慈悲にも切られてしまう。
このアルバムのあと10ccから音楽性の違いを理由にケヴィン・ゴドレイとロル・クレームが脱退。ふたりでゴドレイ&クレームを結成する。
残ったメンバーエリック・スチュアートとグレアム・グールドマンはその後も10ccを名乗り「愛ゆえに」、「ブラディ・ツーリスト」と名作を生み出していくのは周知のとおりだ。
この離別を惜しむ音楽ファンは少なくないが、このアルバムのこれ以上は望めないというような完成度を聴いてしまうとその決断も仕方のないことなのかもしれない。
文 / 上岡賢