1938年3月30日、東京都品川区北品川に生まれる。
1945年、水の入った瓶を転倒して割り、左手首から肘までを負傷。切断は免れたが、感覚も無く、動かすこともできなくなる。
1954年、コロムビア全国歌謡コンクールで優勝、同社と専属契約を結ぶ。
1955年3月、「この世の花」でデビュー。半年後に200万枚を記録し、人気歌手になる。
1957年、「東京だョおっ母さん」が150万枚のヒット。同年3月、島倉を殺害しようとした16歳の少年が逮捕される。
1960年、1年歳上の美空ひばりを抑えて初の紅白の紅組トリを務める。
1963年、父・壽雄が他界。
1968年、海外で録音した「愛のさざなみ」がヒット。第10回日本レコード大賞特別賞を受賞。
1975年、以前かかった眼科医に頼まれ実印を貸してしまい、雪だるま式に16億円の借金を抱えてしまう。この借金は足掛け7年ほどで完済した。
1987年、「人生いろいろ」を発表。この年、30回連続で出場していた紅白への辞退を宣言した。
1993年、初期の乳がんであることを会見で発表。手術は成功し、事なきを得た。
2007年、事務所のスタッフに資産を奪われ再び多額の借金を抱える。
2010年12月に肝臓がんを発症。入退院を繰り返しつつも復帰への意欲は衰えることはなかった。
2014年のデビュー60周年に向け、自宅で記念曲「からたちの小径」を録音。肝臓がんで息を引き取る3日前の2013年11月5日のことであった。
「この世の花」
デビュー曲にして自身最大のヒット曲となった。作曲は「リンゴの唄」を作曲した万城目正。
「愛のさざなみ」
歌手生活15周年を記念して海外で録音された名曲。レコード大賞特別賞を受賞。
「人生いろいろ」
130万枚の大ヒットを記録し、再ブレークのきっかけになった島倉千代子の代表作。